京の都へ鯖を運んだ根来坂。

京の都へ鯖を運んだ根来坂。

第三十九話

京の都へ鯖を運んだ根来坂。

 

所要時間:約4時間
主要山域:白石山(福井県、滋賀県)
難易度:★☆☆

 

アクシーズクイン・エレメンツでは、生活のために山間の集落をつないだ道を“クラシックルート”と呼び、古くも、新しい歩き旅を提案する。

 

第三十九話では、若狭湾で水揚げされた海産物を、京都へと運んだ山道を旅する。戦国時代より、日本海に面する小浜港で獲れた魚を京都に運ぶための街道が整備された。この道は、水揚げが多かった鯖にちなんで「鯖街道」と呼ばれるようになっていった。そのなかで、もっとも古くから使われてきた根来坂峠を目指した。

 

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若狭湾に面する豊かな漁場として知られる小浜港では、アジやイワシ、カレイ、タコやイカといった新鮮な海産物に恵まれた。そうしたなかで、漁獲量が多く、京都の人々に好まれたのが大ぶりで、味のよい鯖であった。

 

小浜港で水揚げされた鯖は、桶のなかに入れた大量の塩で防腐加工が施されると、村人たちの背なかに担がれて京の都へと運ばれた。小浜港から熊川宿へ、滋賀県の朽木村、大原を経て、京都の出町へと向かう若狭街道をはじめ、いくつかの道が使われ、それらを総称して「鯖街道」と呼ばれた。水の道として、琵琶湖を利用した交易路も使われていたという。

 

そうしたなかで、もっとも古く、京都への最短ルートとして使われたのが根来坂峠を越える山道であった。僕たちが出発地点としたのは、峠道の玄関口となる上根来である。この集落に住む村人たちは代々、炭焼きなどを生業としながら、鯖をはじめとした海産物の取り次ぎに従事していたという。

 

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上根来を出発すると、登り坂になった舗装路を汗をにじませながら登山口へと向かった。まもなくすると、大きな石板に「小浜から京へ・鯖街道。根来坂〈針畑越え〉」と彫られた案内を見つけることができる。左手には「百里ヶ岳登山口(根来坂コース)」という木製の案内板も立っていて、根来坂峠から一等三角点のある百里ヶ岳(標高約931m)を巡る周回コースがあることを教えてくれる。

 

石板の前で記念撮影を終えると、森のなかへ一歩、また一歩と足を踏み入れていった。木漏れ日を浴びながら、針葉樹のはっする甘い香りと、微風が運ぶ清麗な空気を味わった。手入れが行き届いた杉林が広がり、そのなかによく踏まれた山道が続いている。

 

山の斜面に沿って、自然な円弧を描く山道は、心地よく標高を上げていく。どこまでも歩いていきたい。そんな気持ちとなり、このまま京都を目指そうかと思えてくる。

 

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小浜港は豊かな漁場を備える、京の都からもっとも近い港町である。日本海沿いの港町から鮮魚が届けられ、米をはじめとした農産物も集まった。大陸や朝鮮半島への玄関口であり、京都の外港としての役割も担うなど国内外からさまざまな物資が届けられた。

 

小浜市内にある「鯖街道ミュージアム」で案内をしてくれたボランティア・ガイドは、「昔から若狭湾では、たくさんの魚が獲れたんです」と話す。古くから「御食国(みけつくに)」と呼ばれ、朝廷に多くの海産物を献上していたのが若狭国であったという。塩づくりも盛んで、7世紀から8世紀にかけての奈良・飛鳥時代には、塩を納めることを定められていたそうだ。

 

「鯖が一番多かったけれど、若狭カレイというのも有名です。それから、若狭グジとか。ほかにも、いろんな魚が獲れますよ。京都は山のなかです。だからみんな海の魚が欲しいんです。『わしら、川の魚とか、琵琶湖の魚しか食べておらんのやぁ。若狭で獲れる魚を持ってきてくれー』って言うてな。小浜は、京都からだと海に一番近い。ということで、小浜から魚を運んだんです。荷物を背負って1日か、2日で歩ける。半分くらいは船も使ったと聞きました。琵琶湖を渡ってね」

 

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塩漬けにした鯖は、小浜港を出発すると、ひとつめの集落から、次の集落へと運ばれた。村人から、次の村人へ。人々に引き継がれながら京都へと運ばれたとボランティア・ガイドは愛嬌たっぷりに話を続けた。

 

「朝に魚が獲れました。そうしたらな、おっちゃんが仕入れて、ひと塩して背中に担いで山を越えていくんです。そうすると、昼になる。着いた先で、別のおっちゃんに売って、託すんです。そうすると、次の村に着くころになると夜になる。夕方ね。ここのおっちゃんは夜に歩くのは危ないから、涼しいところに置いて一晩寝かせるんです。野犬の群れがいるかもしれないし、魚を背負っているから獣に襲われるかもしれない。もっと危ないのは、山賊や。それで朝早くに歩きはじめるんです。距離は18里。だいたい70~80km。そうすると、京都へは午前中に着くんです」

 

塩に漬けてから一昼夜をかけて運ばれた鯖は、京都に到着するころにちょうどよい塩加減となる。三方が山に囲まれた京都は湧き水が豊富で、鯖を水に浸して塩分を抜いて煮物にしたり、焼き鯖として食べられた。

 

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杉林に覆われていた里山は、次第にブナの森へとなっていった。ところどころで、山道の両側が深く削り彫られたような道となる。見通しのないトンネルのようになった切り通しの道を抜けていく。

 

視界が、ぱぁっと開けてきて景色が明るくなると、標高約830mの根来坂峠である。峠には小さな祠があり、そのなかには2体の地蔵が赤い帽子をちょこんと被せられて座っていた。足元には、石で作った小さな魚がポツンと置かれている。祠の背後では大きなブナが枝を伸ばし、立派な石碑がその根元に立っている。

 

「琵琶湖まで見渡せるだろうか?」

 

そんな期待を抱き、峠から10分ほど歩いた白石山まで寄り道をする。しかしながら、白石山の山頂からは琵琶湖まで望むことはできず、彼方まで続く山の連なりが広がっていた。

 

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ゆっくりと白石山の山頂での休憩時間を過ごしたあと、僕たちは根来坂峠からの下山を開始した。徐々に標高を落としていくと、木の葉の隙間から次の集落となる小入谷の集落が見えてきた。

 

山間にある小さな平野に切り開かれた小入谷は、冬のあいだは外界と隔絶された集落となった。冬になると大雪に見舞われ、小浜からやってきた旅人たちは村まで辿り着けず、途中で行き倒れてしまったものも少なくなかったという。

 

小入谷への道は斜度がゆるやかになりはじめ、しばらくすると針畑川の源流部となる。沢の水が流れる音が聞こえてきた。休憩にちょうどよい河原を見つけると、登山靴をほうり投げて裸足になって、川のなかに足を入れて冷やすのであった。

 

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根来坂峠を越えてやってきた小入谷は、琵琶湖の源流となる針畑川の最奥部に位置する人口20人弱の小さな山村である。根来坂峠からの道を歩いていると、茅葺き屋根の民家の軒先から4〜5匹のニワトリが出てきて、草っぱらを走り回っている。

 

かつては鯖街道における宿場として栄え、昭和30年代まで小浜から鯖街道を歩いてやってきた人たちの姿を見ることができたという。現在の小入谷は、とても静かで、夢のなかで見た理想郷のような場所だった。

 

かつて塩鯖を背負った人たちは、きっと小入谷の村人たちに京の都へと運ぶ荷物を託したのであろう。当時の旅人たちと同様に、僕たちもここを終点とする。京都まで、ずっと歩いてみたい。そんな思いを次の旅人に託すような気持ちで、ここで旅を終える。

 

 

文◎村石太郎 Text by Taro Muraishi
撮影◎中田寛也 Photographs by Hiroya Nakata
取材日/2026年5月17日

 

次回の「The Classic Route Hiking」は、2026年8月5日(水)更新予定です。第四十回では、江戸の町作りにもちいるための材木を運ぶために整備された、初期中山道を歩きます。開通後わずか数十年で、中山道は塩尻をとおる道に変更されましたが、岡谷で栄えた製糸業に携わるために高山からやってきた少女たちが歩くなど、多くの人々に歩かれた道となりました。

 

 

ACCESS & OUT/出発点とした上根来までは、小浜駅前から「長瀬」までバス停が運行しているものの到着は午後となってしまう。そのためタクシー利用などが現実的であろう。帰路は、小入谷にあるバス停から朽木まで向かい、そこで乗り換えてJR湖西線の安曇川駅へと向かうことができる。

 

「The Classic Route Hiking」では、独自に各ルートの難易度を表示しています。もっとも難易度が高い★★★ルート(3星)は、所要時間が8時間以上のロングルートとなります。もっとも難易度が低いのは★☆☆ルート(1星)となり、所要時間は3〜4時間、より高低差が少なめの行程です。

 

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