南房総の花嫁を迎えた山道

南房総の花嫁を迎えた山道

第二十話

南房総の花嫁を迎えた山道

所要時間:約3時間30分

主要山域:烏場山(千葉県)

難易度:★☆☆

アクシーズクイン・エレメンツでは、山間の集落をつなぐために使われていた生活の道を“クラシックルート”と呼び、古くも、新しい歩き旅を提案する。第二十話となる今回は、房総半島南部の山村に住む娘たちが海沿いの集落へ嫁ぐため、親族を連れだって歩いたことから「花嫁街道」と名づけられた山道を歩く。

 

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花嫁街道への入り口となる「はなその公園」までは、JR内房線の和田浦駅から徒歩約30分ほどとなる。この山道は、地元の有志が集う「和田浦歩こう会」により整備されたハイキングコースであり、かつては山間に広がる上三原地区と呼ばれた磑森や五十蔵、畑谷といった集落から、女性たちが嫁ぎさきとなる海辺の集落へと嫁入り道具とともに歩いたことから名づけられている。

 

太平洋に面した南房総の漁師町では、アジやサバに加え、マグロやブリなどの漁業で栄えていたと聞く。そんな裕福な漁村での生活に夢を抱いて、山間地に開いた小さな田んぼでの米作りなど、農業や炭焼きなどでささやかな生活を送っていた山村から、遙か彼方まで開けた太平洋に面した漁村での生活を夢見た花嫁たち。そんな彼女たちが抱いた期待と不安を想像しながら、僕たちは花嫁街道の登山口へと向かった。

 

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午前8時30分。僕たちは、標識が立てられた登山口から、深い森に包まれた花嫁街道を歩きはじめた。この山道は、米などの農作物、山中で焼いた木炭などを馬の背に乗せて運ぶための生活の道としても利用され、山間の村から海辺の集落へ、そして海辺で捕れた魚や塩などを持ち帰るための道として行ききできるように作られている。

 

そのため、この山道は少しずつ、少しずつ標高を上げてゆき、とても歩きやすい。山間の村から海辺の漁師町へと花嫁たちが嫁いだ風習は、いまから約60年前の昭和30年代まで続けられていた。

 

道標に「第二展望台」と示された高台に到着したのは、歩き始めてから40分ほどが経過したころである。登山口の海抜は30mほど。そこから1.5kmほどの距離で、標高差170mほどを登ってきたことになる。展望台からは、南房総の里山の向こうに地平線まで続く太平洋が広がっていた。

 

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第二展望台からは、梵字が掘られていたという「経文石」のほか、年貢の徴収を免れようと幕府の役人たちの目にとまらないように密かに山中に作った恩田のための水資源として使われたと言われている「じがい水」など歴史を感じることができる見どころが点在する。

 

経文石については、約50年前まではっきりとした梵字が刻まれていたのだけれど、現在は風化が進んでしまい読み取ることはできない。また、本来の山道は、この経文石の下を通っていた。しかし近年になって落石の危険性が高まったことからルートが変わり、経文石の存在自体も分かりにくくなってしまった。

 

五十蔵口の集落への分岐点がある駒返しからまもなくすると、展望に優れた「見晴台」となる。ここは、上三原地区の家々の茅葺き屋根の原料を採るための茅場であったという。北斜面に杉林が広がる尾根は、高い樹木のない南斜面が茅場であったころの面影を残している。

 

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見晴台から、花嫁街道の最高地点となる烏場山(標高約266m)は、登り道を少し辿ると到着する。途中にある第三展望台からは、田畑に囲まれるように数軒の家々が集まった五十蔵集落を望むことができる。現在は立派な舗装路ができているけれども、標高200〜300mほどの山々に囲われた山村で、軽やかに話す娘たちの軽やかな声が、どこからか聞こえてきそうな景色である。

 

烏場山からの道は、和田浦歩こう会が作成したコースマップによると「花婿コース」と名づけられている。烏場山から先は、これまでよりもアップダウンが多くなり、険しさを増していく。そのため、より体力を必要とする道を「男坂」、遠まわりではあるが、より斜度が緩くて歩きやすい道を「女坂」と呼ぶように、花嫁に対しての花婿コースと名づけたというのである。

 

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ベンチのうえに、かわいらしい花嫁の石像が置かれた烏場山の山頂には、千葉県の最高峰である愛宕山(標高約408m)のほか、険しい岩峰として知られる伊予ヶ岳(標高約336m)、さらには伊豆七島のひとつ三宅島といった方角を示す道標が置かれていた。

 

こうした道標は花嫁街道を整備している和田浦歩こう会の人たちによって作られたものであり、すべて山中一帯にある材料を利用している。階段の土留めもコンクリート製の擬木などは使わず、一帯の倒木などを利用した自然工法にこだわった。

 

しかし、令和元年9月に房総半島に上陸した台風15号の被害が大きく、登山道の崩落、樹木の倒壊からの普及には相当な苦労があったという。また、1985(昭和60)年に発足した歩こう会であるけれど、メンバーの高齢化が進んで現在は80〜90代の会員が大半なのだという。

 

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烏場山からの花婿コースを進み、アラカシの大木が大きく枝を伸ばした丘を登っていく。幹と幹のあいだを進む登山道を抜けると、一気に視界が抜けて地平線の彼方まで太平洋の展望が広がった。

 

この景色を眺めるだけに南房総の山道を歩きにきたとしても、有意義な一日となるであろう。このどこまでも広がる海岸を眺めながら、山村から馬に乗って峠を越えてきた花嫁たちは、これからはじまる新生活に大きな期待を抱いたであろう。

 

標高を下げるに従って、まるでジャングルのようにツタ科の蔦が高木の幹から幹へと伸びていく。南房総の植生における特徴は、温暖帯に広がる照葉樹林、冷温帯の落葉樹林が共存していることであろう。

 

日の当たる南斜面は常緑広葉樹林、北向き斜面は冬に葉を落とす落葉広葉樹林となっているけれど、これは気温が低下する冬の時期を耐えるための、常緑広葉樹と落葉広葉樹の棲み分けである。標高200〜400m程度の里山は自然林の割合は少なく、ほとんどの地域で人の手が加えられている。これは一帯の人々が山と密接に生活を続けてきた証でもあろう。

 

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花婿コースを辿って標高約121mの金比羅山を越えると、終了点はまもなくである。僕たちは、ゴール地点となる、はなその公園へと直接下る道から、「黒滝」と掲げられた案内板にしたがって分岐点から枝分かれする下山道を辿ることにした。

 

立派な木製階段を下っていくと、周回コースに囲われた谷筋を流れていた長者川が落差約15mの岩盤を一気に流れ落ちる黒滝が見えてきた。崖の中腹には、わずかな段差に置かれた黒滝不動が構えている。

 

そこからは長者川伝いに作られた散策道を抜け、最後は鮮やかなサザンカの花が咲き誇る木々のトンネルを通って周回コースは終わりを迎える。約10kmの花嫁街道は、休憩時間を入れても4時間前後と気軽に訪れることができる。日照時間が短い冬に歩くためにも、草花の開花時期とも重なる南房総は絶好のロケーションである。

 

海岸線には、早朝に水揚げされた魚の刺身定食のほか、昭和20年代から盛んとなった鯨漁で捕れたクジラ料理を出す店も多い。下山時刻は午後1時。里山の景色を味わったあと、南房総の海の幸をいただくにはちょうどいい時間であろう。

 

文◎村石太郎 Text by Taro Muraishi

撮影◎松本茜 Photographs by Akane Matsumoto

取材日/2022年12月12日

 

(次回告知)

次回、第二十一話となる「The Classic Route Hiking」は2024年3月22日(金)更新予定です。東京都内で唯一の村である檜原村の数馬温泉から、さらに山深い山村へと歩いた人たちの思い出話をもとに山歩きをします。数馬温泉に住む親戚が、ブラウン管テレビを背負って峠道を越えたという驚きのストーリーにご期待ください。

 

地図作成中

 

(アクセス方法ほか)

ACCESS & OUT/出発地点と終了地点とした花園公園へはJR内房線の和田浦駅から徒歩30分ほど。都内から公共交通機関で向かう場合は出発が遅くなってしまうため、自家用車で登山口周辺へと向かい近隣の駐車場などを利用するのが現実的であろう。

 

「The Classic Route Hiking」では、独自に各ルートの難易度を表示しています。もっとも難易度が高い★★★ルート(3星)は、所要時間が8時間以上のロングルートとなります。もっとも難易度が低いのは★☆☆ルート(1星)となり、所要時間は3〜4時間、より高低差が少なめの行程です。