The Classic Route Hiking

東海道の難所、箱根越えのはしご旅

東海道の難所、箱根越えのはしご旅

第三話

東海道の難所、箱根越えのはしご旅

 

 

所要時間:約5時間30分

主要山域:箱根湯本、元箱根(神奈川県)

難易度:★★☆

 

AXESQUIN ELEMENTSは、身近な山を楽しむためのアウトドアウェアとアクセサリーを提案する新ブランドである。アウトドアで発揮する確かな機能性を求めるとともに、これまでにないスタイルを発信しながら、かつて山間の集落をつなぐために使われていた生活の道を“クラシックルート”と命名して、古くも、新しい歩き旅を提案する。

 

日本橋から、京都の三条大橋へと続く東海道は開通以来、数百年にわたって人や物資を移動するための大動脈として利用されてきた。その役割は、国道1号線の舗装道路へ、さらには東名高速道が果たすようになっていくものの、江戸時代の面影をいまも残す道もある。

 

それが東海道における最大の難所といわれ、江戸への出入り口としての役割を担った関所がある箱根へ向かう湯坂道(通称、鎌倉街道)と箱根旧街道である。今回は、そのふたつの古道を“はしご”旅しながら芦ノ湖畔に復元された関所跡まで歩いていこう。

 

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東海道はもともと、現在の国道246号線と同様に神奈川県の山北から駿河小山、御殿場を越えて沼津、三島方面へと向かう街道であった。これを足柄道といい、富士山の大噴火による破石によって塞がれたこともあるものの長く平安時代まで使われていた。

 

鎌倉時代になると、富士山の破石で塞がれた足柄道のかわりとして整備された湯坂道が利用されることが多くなる。これは箱根湯本から尾根伝いに芦ノ湖の南岸へと続く道であり、湯坂道の開通とともに現在も多くの観光客で賑わう箱根湯本や宮ノ下、底倉、芦之湯といった湯治場が人気となった。

 

今回の出発点は、その湯坂道の起点となる箱根登山鉄道の箱根湯本駅である。新宿から約1時間30分。特急列車「ロマンスカー」に揺られて箱根湯本駅に到着すると、国道1号線沿いに並んだ土産物店の軒先を抜けていく。鎌倉古道への入り口は、重要文化財に指定されている旭橋を渡ってすぐの道路脇にあった。

 

国道脇から「湯坂道(鎌倉古道)」と記された道標に従って階段をあがっていくと、温泉施設の裏道を抜けて急斜面を登っていった。次第に車道のエンジン音が遠ざかり、静かな雑木林のなかへと誘い込まれていく。そこから1時間半ほど進んでいくと、ススキに覆われた広場に木製ベンチとテーブルがひとつ、ふたつ置かれた大平台の分岐点へ辿り着く。

 

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ここまでの道のところどころに、「逓信省(ていしんしょう)」と刻印された標石が置かれていることに気づく。なかには「曲点」と書かれたものもあり、土のなかから不思議な配管が剥き出しになっているところもあった。

 

不思議に思って後で調べてみると、これは1928年(昭和3年)に東京から神戸まで引かれた長距離の市外電話ケーブル(装荷式長距離ケーブル)なのだという。この回線ケーブルの開通によって、東京や名古屋、大阪といった国内の大都市間通信が飛躍的に向上した。ここに来るまでに踏んだ石畳も、鎌倉時代に整備された湯坂道のものではなく、このケーブルを保護するためのものである。

 

休憩後は、湯坂道の途中にある城跡などを知らせる案内板を読みながら穏やかな景色を楽しんだ。微風に吹かれながらの、心地よい初冬の散歩である。

 

国道1号線と合流すると湯坂道は終わりとなる。ここまで約2時間半。日の光がポカポカとあたたかく、少しだけ汗をかいてきた。手ぬぐいで汗を拭って、手前にある「飛騨の滝・畑宿」方面との分岐点まで戻ると、杉林のなかを抜けて標高を落としていく。徐々に道が細くなっていき、勢いよく流れ落ちる飛騨の滝が静かな谷のなかでこだまする音が聞こえてきた。

 

飛騨の滝から少し進んだところには、石切り場のような岩場や石積みを見ることができる。なぜこの石積みがここにあるのか資料は残っていない。湯坂道の途中にある鷹巣城や湯坂城に使うためであったり、装荷式長距離ケーブルを保護するための石畳を切り出していたのかもしれないし、石積みは、職人たちが仮の住まいとして利用していた痕跡かもしれない。

 

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飛騨の滝を過ぎると、まもなく国道と合流して畑宿に辿り着く。ここは宿場町ではないものの、江戸時代には相当な人で賑わいをみせたという。

 

東海道における最大の難所と言われた箱根越えの道は、雨や雪が降ったあとには大変な悪路となり、旅人たちは膝まで埋まるような泥道を歩かなくてはならなかった。そのためハコネダケという箱根に群生していた細竹を敷いていたが、毎年の改修に要する労力と費用を軽減するために1680年(延宝8年)に石畳が敷かれた。

 

しかしながら、関東大震災など度重なる災害によって崩壊したため、現在の石畳は近年になって復元されたものである。神社の脇を通り抜けてすぐのところには、日本橋から23里を示す一里塚も復元されている。

 

「登山靴でなくて、草履のほうが歩きやすいのかも……」

 

国道と県道が複雑に交差するあいだを古道が抜けていく。ところどころでは車道脇の歩道を進むところもあるし、苔のついた石畳は滑りやすく、少し手こずりながら歩くことになる。徐々に標高をあげていき、車道に架かる橋を渡ると道がなだらかになった。そこから、まもなくすると甘酒茶屋である。

 

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「いらっしゃいませ」

「こんにちは。えぇっと、甘酒と力餅。うぐいすで、お願いします」

 

この地には、もともと4軒の茶屋が軒を連ね、汗をかきながら箱根の峠道を越えてきた旅人たちの体を癒やした。現在まで唯一残る「箱根甘酒茶屋」の13代目店主の山本聡さんは、戦争になり、余暇を楽しむ余裕がなくなった頃に、ほかの茶屋は次々と店をたたんでしまったと話す。そのなかで、箱根甘酒茶屋だけが残ったのだという。

 心地よい香りがする甘酒を味わいながら、山本さんの昔話を聞く。すると、驚くことに東海道を日本橋から京都まで、または京都から日本橋へ歩く人がいまでも多くいるのだという。

 

「年間に何人もいらっしゃいます。今日もいらっしゃいましたね。そういった人から『無事に、京都の三条大橋まで着きました』と、手紙をいただくこともあるんです。いただいた手紙のなかには、『途中、峠がいっぱいあったけれども箱根が一番きつかった』とおっしゃる方もいましたよ(笑)」

 

甘酒茶屋をあとにすると、いよいよ箱根の関所越えである。かつて東海道を旅した人々のように、気持ちが高揚してきて「無事に関所を越えられるのだろうか?」と不安な気持ちになってくるから不思議だ。観光客で賑わう元箱根の街のなかを抜けていくと、国道の脇にはびっくりするような杉の巨木が連なる遊歩道があった。樹齢約400年という見事な杉並木は、江戸幕府によって旅人のために木陰を作ろうと植えられたものだという。

 

箱根の古道歩きは、よく知られているうえ、すでに多くの人が歩いた経験がある道であろう。それでもここを歩きたかったのは、江戸時代の旅人たちの気持ちに少しでも近づけるのではないかと思ったからである。僕たちの旅は、箱根の関所を通り抜けたところで終わる。江戸側の玄関口として作られた「江戸口御門」へといたる下り坂から見た景色は圧巻であった。箱根の古道歩きの”はしご旅”をしたあとならではの、僕たちと同じ高揚感をぜひとも味わっていただきたい。

 

文◎村石太郎 Text by Taro Muraishi

撮影◎松本茜 Photographs by Akane Matsumoto

取材日/2020年10月28日

 

【次回告知】

第四回目の「The Classic Route Hiking」は1月26日(水)更新予定です。高尾山から津久井湖へと向かい、かつて絹を運んだシルクロードを辿ります。

 

 

ACCESS & OUT/出発点とした箱根湯本駅までは新宿駅から小田急ロマンスカーのほか、JR小田原駅から箱根登山鉄道で向かう。帰路は、箱根の関所跡入り口にあるバス停から、路線バスで小田原駅へと向かうといいだろう。

 

「The Classic Route Hiking」では、独自に各ルートの難易度を表示しています。もっとも難易度が高い★★★ルート(3星)は、所要時間が8時間以上のロングルートとなります。もっとも難易度が低いのは★☆☆ルート(1星)となり、所要時間は3〜4時間、より高低差が少なめの行程です。