会津中街道を巡って三斗小屋温泉へ
第三十五話
会津中街道を巡って三斗小屋温泉へ
所要時間:約11時間(1泊2日)
主要山域:那須三山エリア・大峠(福島県・栃木県)
難易度:★★☆
アクシーズクイン・エレメンツでは、山間の集落をつなぐために使われていた生活の道を“クラシックルート”と呼び、古くも、新しい歩き旅を提案する。
第三十五話では、会津若松から氏家宿(現在の栃木県さくら市)まで整備された会津中街道を歩く。道中最大の難関として知られた大峠を超えて、古くからの湯治場として知られた三斗小屋温泉に立ち寄りながら1泊2日の工程で宿場街のあった板室宿を目指した。
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会津若松駅から、奥鬼怒川行きの始発電車に揺られること約40分。風情のある駅舎が印象的な会津下郷駅に降りて、まもなくすると駅前広場に駐まっていたバスの出発時刻がやってきた。
バスが走りだしてから、15分ほどで出発地点とした「杉の沢入り口」に到着する。ここからは、しばしの舗装路歩きとなる。朝靄に包まれた集落の景色を眺めながら歩いていくと、鎮守の森に囲まれた神社へと誘い込まれ、ここで登山の安全を祈願した。
本格的な山道への入り口は、舗装路を20分ほど進んだ「杉の沢」という集落にあった。会津中街道は、会津地方では宇都宮街道、関東では松川街道などと地域によって異なる名前で呼ばれていた。杉の沢集落の道標では「松川街道遊歩道」とある。僕たちは、この道標に従って、ほどよく整備された山道を奥へ、奥へと進んでいくのであった。
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かつての会津若松からは、おもに今市宿で日光街道に合流する会津西街道がよく歩かれた。しかし、1683(天和3)年に起こった日光大地震によって土砂崩れがあり、川の水が堰きとめられてできた湖の底へと埋もれてしまった。1695(元禄8)年、通行不能となった会津西街道の変わりとして、会津藩の3代目藩主であった松平正容によって整備されたのが会津中街道であった。
のちには、茶臼岳中腹の御宝膳を信仰対象とする白湯山信仰のための道として使われたほか、交易路として会津地方からは米や豆、薪炭、煙草、木地物、下駄、薬用人参など、関東側からは塩や砂糖、干物、塩魚、油、衣類などが運ばれた。
そんな時代の面影を垣間見るように、杉の沢集落にある山道から大峠方面へと歩いていくと、「杉の沢の一理塚」のほか、江戸時代に作られたと思われる道標や地蔵、馬頭観音、石祠を見つけることができる。ここは、まことに知的好奇心を大いに刺激される山道なのである。
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僕は、心地よい山道も、観音沼がある公園までであろう。そのように想像していた。そこからは、舗装路をひたすら歩くのだ。おそらく、大峠へといたる林道の終点まで、およそ2時間の車道歩きとなるのであろう。
そんな不安を打ち消すかのように、車道脇に古道を復元したような山道が残されているではないか。道中には「から澤峠」や「中峠」のほか、「奥州駒返坂」と、いかにも苦労を強いられそうな地名が残る。楽をしたければ、車道を歩いたほうが効率的であろう。そのいっぽうで「野際宿跡」や「日暮滝の一理塚跡」といった見どころも多く、有意義な時間を過ごすことができるのだろうから、僕たちは迷うことなく山道を選んだ。
松川街道遊歩道を進んでいくと、まもなく林道と合流して那須三山のひとつ三本槍岳の山腹にある鏡ヶ沼へ向かう分岐点となる。僕たちは鏡ヶ沼への道を左手に見て直進するけれど、ここからが本格的な登山道となる。初日のハイライトである大峠までは、約30分の行程である。
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はるか遠くに見えていた大峠がズンズンと近づいてきた。葉っぱを落とした樹林帯のなかを歩いていると、目の前が明るくなって視界が開けてきた。大峠に到着したのである。
僕たちは会津若松から会津下郷駅まで電車やバスを利用して、たいした苦労をせずにここまでやってきた。それでも、彼方に雪を抱いた那須三山の景色を眺めて感動している。数日をかけて辿り着いた江戸時代の旅人たちは、大峠からの展望を眺めて、涙腺を刺激するほどの感動を覚えに違いない。
大峠からは、尾根道を越えて、谷間を流れる渓流を渡りながら約1時間30分。今宵の宿とした三斗小屋温泉の「大黒屋」へと到着する。木戸をガラガラ、ゴロゴロッと開くと、そこで山小屋の6代目当主となる高根沢春樹さんが満面の笑顔で出迎えてくれるのであった。
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「こんにちは。お世話になります」
大黒屋は、会津中街道の宿場街として存在した三斗小屋宿で管理者のような役割を担っていた高根沢家によって、江戸時代後期に湯治場の宿として創業している。かつての三斗小屋温泉には5軒ほどの温泉宿があったものの、現在では大黒屋に加えて、もともとは黒磯駅前にあった煙草販売店の2階部分で宿を営んでいた「煙草屋旅館」の2軒が残されるのみとなっている。
畳のうえに炬燵の敷かれた部屋に案内されると、大風呂へ汗を流しにいこうと廊下の板張りをミシミシという軋み音をさせながら歩いていった。ここの内温泉に浸かりながら、木枠でできた窓ガラス越しに夕日を眺めることは、このうえなく幸せである。部屋まで運んでいただいた夕食をいただきながら過ごす静かに時間も、まことに贅沢である。
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2日目の朝食前、大黒屋のもうひとつの浴室である岩風呂に入ろうとすると、高根沢家の次男である文人さんが小さな浴槽に浸かっていた。山小屋が作られる以前は、三斗小屋温泉もこのような岩のあいだに沸く温泉に入りに来る山の民たちに親しまれていたのだそうだ。
現当主の高根沢さんも、幼少期から両親と一緒にロープウェイ山麓駅方面から峠の茶屋がある峠道を歩いて山小屋へ来ていていた。そんな話を思い出した僕は、文人さんに山小屋を受け継ぐことを考えているのか尋ねると、静かな声で「そうだと思う」とうつむき加減に答えてくれた。
「わりと私は、ここが好きだったんです。ここにいるときに宿泊している方から山小屋を継ぐのか訪ねられて、私の次男のように『やるよ』って返していたと思うんです。でも、10代後半とか、20歳ぐらいになってくると現実的になってきて、『本当に、自分にやっていけるのか』って考えるようになってきました。それと同時に、誰かがやらなきゃなとは思っていましたね。私は4人兄姉の末っ子なんですけれど、いちばん年の近い姉とも9歳離れているんです。兄たちは家業を継ぐような感じではなかったので、自分がやらないとなという感覚はいつのころからか芽生えていましたね」
6代目当主の高根沢さんは、自身の幼少期について思い返して「山小屋まで歩いている途中でぐずって、肩車をされた記憶がうっすらとあります」と笑った。
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大黒屋を出発すると、約1時間後。山道が林道となる。目の前の景色が開けてきて、まっさらな平地に、常夜灯や石仏、井戸の跡などが残された三斗小屋宿跡地に到着する。ここには会津中街道の宿場街が形成され、1893(明治26)年になると銅山が開かれた。三斗小屋温泉へと向かう登山基地としても発展するとともに、茶臼岳のロープウェイ山麓駅へと向かう道は、一帯で採られていた硫黄を運ぶ道として牛車が往来していたという。
1968(明治元)年には14軒の民家と、63名の住民がいた記録が残る。小学校も併設していたが、明治後期の大火によってすべての民家が焼失してしまった。以後、住民の転出が続き、1957(昭和33)年になって最後の一戸が転出したことで廃村となった。
三斗小屋宿跡地からは、下り坂が続く麦飯坂を経て、沼原湿原を越えていく。ここからは、次の宿場街となる板室宿へと続く山道を辿っていく。麦飯坂の名前は、三斗小屋宿へと向かって急登に喘ぎながら、「おーい、もうすぐ帰るぞぉ」と、途中で帰宅を告げると三斗小屋宿で留守番をしていた女衆が夕食の準備をはじめるということで名づけられたそうだ。
今回の旅の最後は、もともとの板室宿ではなく、途中の分岐点を右手へと向かって板室温泉へと向かうこととした。会津中街道は、標高約1,486mの大峠といった難所を抱えるとともに、冬になれば積雪による決壊も起こるなど通行には困難を強いられた。さらに1695(天和3)年になると、日光大地震によってできた湖が決壊してたことで、ふたたび効率的で、安全に歩くことができる会津西街道が再整備されることになった。
こうした理由から会津中街道は、街道としての役割をわずか28年間で終えている。しかしながら、いまも僕たちのような登山者の旅心を刺激してくれる山道として残されている。そのことを嬉しく思うのである。
文◎村石太郎 Text by Taro Muraishi
撮影◎宇佐美博之 Photographs by Hiroyuki Usami
取材日/2025年11月27日〜28日
(次回告知)
次回の「The Classic Route Hiking」は2026年1月28日(水)更新予定です。第三十六回では、房総半島で随一の登山人気を誇る乾坤山(通称・鋸山)へと向かいます。江戸時代からはじまったといわれる房州石の採掘が行われていた石切場跡や石材の運搬路を歩きます。
(アクセス方法ほか)
ACCESS & OUT/出発地点としたバス停「杉の原入り口」までは、会津下郷駅発から会津バスの運行する路線バスで向かった。より気軽に歩きたい人は、養鱒公園駅から「日暮れの滝観瀑台」までタクシーを利用してもいい。帰路は、板室温泉から関東自動車が運行する路線バスに乗って新幹線駅「那須塩原」へ向かった。本来の会津中街道を辿って板室本村の湯本道標まで歩くのも魅力的ではあるけれど、路線バスなどが運行されていないのが難点である。
「The Classic Route Hiking」では、独自に各ルートの難易度を表示しています。もっとも難易度が高い★★★ルート(3星)は、所要時間が8時間以上のロングルートとなります。もっとも難易度が低いのは★☆☆ルート(1星)となり、所要時間は3〜4時間、より高低差が少なめの行程です。
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