越前ガニを背負ったボテさん
第三十七話
越前ガニを背負ったボテさん
所要時間:約6時間
主要山域:城山(福井県)
難易度:★★★
アクシーズクイン・エレメンツでは、生活のために山間の集落をつないだ道を“クラシックルート”と呼び、古くも、新しい歩き旅を提案する。
第三十七話では、福井県の越前海岸沿いの集落から、鮮魚を背負って峠道を越えた「ボテさん」と呼ばれた女性たちの痕跡を追う。彼女たちが漁港から新鮮な魚を運んだことによって、内陸部に住む家庭の食卓が豊かになったという。
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若狭湾に面した越前海岸では、断崖絶壁が迫る国道沿いに漁師町が点在しており、越前ガニをはじめとした海の幸が豊富な漁場として知られている。こうした漁師町から、峠道を越えて内陸の街へと鮮魚を運んだ女性たちがいる。
そんな話に興味を抱き、僕たちは内陸部に位置する織田の街から路線バスに乗った。国道365号線を西へと向かったバスはトンネルを越えると、360度の円を描くループ橋を渡った。そこから一気に標高を落として、梅浦という港町で目の前に海が広がった。
目的地とした厨(くりや)というバス停に到着すると、バシャッリと扉が開いて車外へと出る。すると、爽やかな海風が頬に触れ、磯の香りが鼻腔を刺激した。
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バスを降りて集落のなかを歩いていくと、峠道へとつながる路地を見つけた。標高をあげるに従って民家がまばらとなり、徐々に山道となる。道はつづら折りとなり、河原をふさいだ堰堤を越えるため急斜面を越えた。
堰堤のうえに出たところで休憩をしていると、人の手で積み上げられた石積みを見つけた。観察してみると民家が建てられていたような平地が広がっていて、そこへと続く路地のような石積みもある。敷地や通路に樹木が育っていて歩くのに難儀する。何世帯もの家族が住処としていたのかもしれないが、ここに人が住んでいた記録を見つけることはできなかった。
そのあと、河原が狭まってきたところで道を見失ってしまった。ようやく雑木林のなかにU字状に踏み固められた山道を見つけると、右へ、左へとスイッチバックしながら厨峠へと向かった。
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苦労して、ようやくたどり着いた厨峠からは、そのまま山の反対へと峠を越えて織田の街まで続く道が存在した。今回、その痕跡を見つけることはできず、越前海岸沿いに連なる山を南北に貫く林道を伝っていくことにした。
「越前海岸は平地がほとんどなくって、すぐに山です。だから海が深くって、底引き網でもって深いところの魚を捕っているんです」
生まれ故郷の梅浦漁港で捕れた鮮魚を販売するために、内陸部の街へと運ぶ森本敏雄さんは、越前海岸の独特な地形と、そこで捕れる魚種について教えてくれる。
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「越前町というのは底引き網が多いんです。ササガレイとかアマダイとか、ゲンコダイ。ノドグロも捕れるし、アナゴとか、ハタハタとか。そんな感じがかなぁ。あとはもちろん、カニですね」
底引き網漁では、こうした“売れる魚”に混ざって市場には出回ることがない“売れない魚”がたくさん捕れる。売れない魚は漁船の乗組員たちに分配されるものの、乗組員の家族だけでは食べきることができないことが多い。そうした魚を運んで販売していたのがボテさんだったのである。
「ボテさんというのは、歩いて魚を売っていた時代の人のことだと思います。越前海岸一帯で使われる浜弁で、重たいっていう意味で『オボてぇ』って言うんですけど。葦で作った籠のなかに魚を入れて背負って歩くので“重たい”っていうことでしょうね。我が家で魚を売りはじめたのは曾婆ちゃんで、自分で4代目です。私たちがボテさんと呼んでいたのは、うちの婆ちゃんまでの時代。母親の時代は、もうボテさんとは呼んでいませんでした」
森本さんは、そう話すと自身の母親世代になるとバスを使って織田まで向かい、そこから1973年に廃線となってしまった福井鉄道の鯖浦線に乗って鯖江や武生の街へとリアカーを引いて魚売りに出かけていたと話す。
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森本さんは「背中に魚を背負っての山登りですから、そうとう足腰が強かったんでしょうね」といって微笑んだ。
「人より早く織田に着かなければ、ほかのボテさんが持っていった魚を買われてしまう。そうしたら、もうその家には売れないわけです。捕れる魚は、同じ種類しか捕れませんから。先に売ったものが勝ちなんですよ。そうなったら、次の宮崎の街まで歩くことになる。自宅に帰ってくるのも相当遅くなりますよね」
僕たちは、山間の舗装路から織田へと続く林道を見つけて、街へと続く道を伝った。その道を歩きながら舗装もされておらず、まだ砂利敷きだったという国道や県道を歩いて内陸部まで歩いたボテさんたちの気持ちを想像していた。
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道のまんなかに木々が育った林道を進みながら、小枝をかき分けていく。多くのボテさんは高齢の女性だったという。しかも、背中に魚を背負って山道を歩いていたのだから、さぞかし苦労したであろう。
「漁師の奥さんは、漁師仕事で忙しいからボテさんはできない。子供たちの面倒を見なくちゃいけないし、魚を売れやすいようにさばいたり、干物にしたりといった仕事もしなくちゃいけない。だから、同居している高齢の母親だったりがボテさんをしていたんです。消費しきれない魚とか、脚が折れたカニとか、傷がついて売れない魚を持っていく。それが、お金になるわけなんです」
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林道が終わり、織田へと続く国道の脇道を歩いていると、集落のなかにある商店の壁にカニの絵が描かれた看板を見つける。越前ガニの漁期は、毎年11月初旬にはじまるメスの「せいこがに」から、3月下旬に捕れる「水ガニ」まで続く。
街に着いたら「越前ガニ」の看板を見つけて、いまが漁期となる「水ガニ」に舌鼓を打とう。脱皮したてのミズガニは甲羅が柔らかで、ズボッと簡単に甲羅を外すことができることから「ズボガニ」と呼ばれる。
比較的安価に入手できることから庶民の味方としても知られるが、今夜はそんな福井の隠れた名物とともに地酒を味わいたいものである。
文◎村石太郎 Text by Taro Muraishi
撮影◎中田寛也 Photographs by Hiroya Nakata
取材協力◎THE GATE MOUNTAIN (https://www.the-gate.jp)
取材日/2026年3月17日
次回の「The Classic Route Hiking」は2026年5月13日(水)更新予定です。第三十八回では、伊豆半島の名産物として有名な「山葵」を運んだ道を辿ります。
ACCESS & OUT/今回は、ハピラインふくい線の北鯖江駅から路線バスに乗って、出発地とした越前海岸の厨のバス停へと向かった。帰路は、織田にあるバスターミナルから北鯖江駅へと戻ることとした。
「The Classic Route Hiking」では、独自に各ルートの難易度を表示しています。もっとも難易度が高い★★★ルート(3星)は、所要時間が8時間以上のロングルートとなります。もっとも難易度が低いのは★☆☆ルート(1星)となり、所要時間は3〜4時間、より高低差が少なめの行程です。
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