古くて新しい生活の道を歩く旅

The Classic Route Hiking

The Classic Route Hiking

第一回

夜の女たちが行き交った甲州裏街道を行く

 

 

所要時間:約6時間

主要山域:陣馬山、景信山、高尾山(東京都、神奈川県)

難易度:★★☆

 

今秋から展開がはじまるAXESQUIN ELEMENTSは、身近な山を楽しむためのアウトドアウェアとアクセサリーを提案する新ブランドである。洗練されたファッション性を備え、飾りすぎないシンプルさ、アウトドア活動で発揮する確かな機能性を求めながら、これまでにないスタイルを発信するとともに、かつて山間の集落をつなぐために使われていた生活の道を“クラシックルート”と命名して、古くも、新しい歩き旅を提案する。

 

第一回目となる今回は、江戸と甲州を結ぶ甲州街道の裏道として利用されたことから、甲州裏街道の異名をもつ陣馬街道(八王子では案下街道(あんげかいどう)と呼ばれた)のクラシックルートを辿る。起点としたのは、東京と神奈川の県境に位置する陣馬山(標高854.8m)への登山口がある和田峠である。ここを出発した僕たちは、絹の街として栄えた八王子へといたる高尾山へと向かった。

 

 

写真・左上から時計回り。1)陣馬街道について興味深い話をさまざま教えていただいた峠の茶屋の主人、田村明雄さん。2)3軒の茶屋が営業する陣馬山の山頂。3)清水茶屋のメニュー。4)清水茶屋でいただいた陣馬そば。5)展望に優れた清水茶屋のテラス。6)和田峠からの登山口。ここから陣馬山の山頂までは約30分の道のりだ。

 

 

多くの通勤客、通学客でにぎわう新宿駅から、JR中央本線の車両に揺られること約1時間半。藤野駅前から出発した路線バスが終点となる和田に到着すると、僕たちは陣馬街道の舗装路をゆっくりと歩き始めた。周囲に茶畑が広がる道路沿いには、かつて絹糸を生産するための繭の飼育をしていたことがうかがえる民家が並ぶ。

 

一帯は佐野川地区と呼ばれ、美しい景観が評価されて「日本の里100選」に選出されている。その評価基準には人々の生業も含まれ、かつての佐野川地区では絹糸や木炭作りが盛んに行われ、この先の和田峠を通って絹糸の集積地であった八王子へと持ち込まれた。遠く長野や山梨、群馬方面からも集められた絹糸は、八王子から横浜港へと運ばれ欧米諸国へと出荷されていった。

 

もともと八王子というのは山がちで、水利が悪く、耕地が少ない土地であったという。そのため織物業が盛んだった群馬県桐生市の周辺から織物職人たちが移住して、この地にさまざまな技術を伝えることになった。これをきかっけに農作業の合間に養蚕と糸取りのほか、機織りなどが行われるようになり、江戸時代には桑畑が一面に広がる景色から「桑の都」とも呼ばれたそうだ。現在の八王子市内では、絹糸を運んだシルクロードの一部を「絹の道」として保全しており、生糸商人のひとり八木下要右衛門の屋敷跡が資料館になっている。

 

現在の陣馬街道は、都道および県道521号線として八王子の追分から上野原まで舗装整備されているが、古道の名残は和田集落から30分ほど歩いたところにある「やすらぎの小径」に見ることができる。入り口が少々分かりにくいのだが、県道が大きくカーブを描く「大曲(おおまがり)と呼ばれる堰堤下のガードレール脇から草木が生い茂るなかに散策道が続いている。ここから草木を別けながら10分程度進むと、「鍋こわしの滝」がある。滝のまわりには、かつての痕跡と思われる石積みが残されており、壊れかけた木製ベンチなどが置かれている。

 

鍋こわしの滝から和田峠へは、斜度を増した県道を進んでいくとまもなく到着する。陣馬山への登山口には「峠の茶屋」がある。ここまでの道は厳しいつづらおりの峠道であり、かつては馬が命を落とすことも多かったと聞く。険しい峠道を苦労して登ってきた往時の旅人も、ちょっとした軽食も出す茶屋にようやく辿りついたことを喜んだであろう。

 

コーヒー ¥150

カップメン ¥200

サイダー ¥100

ところ天 ¥200

おでん ¥400

 

ガラス窓に貼られたメニューの向こうには、おでんを温める店主の田村明雄さんの姿があった。窓ごしに茶屋の歴史を聞くと、詳しい開業年は不明だが、明治初期から中期頃に茶を提供したのがはじまりという。

 

「最初は、関所がある甲州街道を避けて、この陣馬街道を歩いていたそうですね。関所を通過するには手形が必要ですから、ひっそりと姿を隠して江戸へ向かいたい人も多かったそうですよ。絹糸や木炭などを運ぶ人たちに紛れて、遊女らも紛れていたそうですね。峠には山賊も多かったと聞いています。旅人が襲われることが続いたので和田峠から生藤山へと少し歩いたところに、関所の分所も置かれていたこともあったそうですね」

 

写真・右上から時計回り/1)陣馬山をあとにして、心地よい雑木林のなかを進む。2)満面の笑みで陣馬山について話してくれた清水茶屋の清水令宣さん。3)陣馬山から小仏峠までは約2時間。高低差も少なく歩きやすいため、古くから旅人に利用されてきたことがよく分かる。4)陣馬山の山頂から生藤山方面を望む。5)よく手入れがされた杉林では、登山道まで日の光がよく届く。6)杉林のなか、いくつもの峠を越えながら馬方たちがかつて通った尾根道を進む。

 

 

和田峠から八王子方面へと向かう道は早くから整備されたため、現在でも車がすれ違うのに苦労するほど細い道が陣馬高原下の集落まで続く。いっぽう神奈川県側の県道は昭和40年代になってようやく整備された。そのため、峠の茶屋のほか、陣馬山山頂にある茶屋で使うための物資もそれまでは八王子から運んでいたそうだ。

 

和田峠からは舗装路を離れ、陣馬山までのおよそ30分の登山道歩きとなる。杉林のなかに続く木製階段を越えると急に視界が開け、目の前に草原が広がった。陣馬山の標高は約854mである。森林限界を超えるにはまだだいぶ標高が足りない。この不思議な景色の答えは、山頂にある清水茶屋の店主、清水令宣さんが知っていた。

 

「陣馬山は、大正時代から登山客に人気だったようですね。昔は、この一帯は茅葺き屋根を作るための茅を作るための場所だったの。それでみんな木を切っちゃったから高い木が一本もないんです。展望がいいでしょう。山は低いけど、昔から関東平野をずうっと見渡せるっていうことで有名だったの」

 

現在、陣馬山頂では3件の茶屋が営業しており、そのなかでもっとも新しく、昭和40年代の中頃に開業したのが清水茶屋だという。店主の清水さんによると、陣馬山の山頂へといたる登山道のなかで一番古くから使われている栃谷尾根、上野原方面からでは現在もっとも歩く人が多い登山道の一ノ尾根も、昔から多くの人たちが行き交っていたという。

 

「甲府から江戸へ、馬の背に荷物を背負わせてね。それを“馬方”って言いまして、一日に何十人も通っていたらしいですよ。結構賑やかだったんでしょうね。甲州裏街道も和田峠に関所ができちゃって厳重になったから、それからはさらに尾根道を通る人が増えたようですね。戦後になっても、佐野川のあたりは炭焼きが盛んだったから、この尾根を歩いて八王子へ売りに行っていた人が結構いましたよ。和田峠から八王子に向かってもいいんだけど、小仏峠までは2時間半もあれば着いちゃうからこっちのほうが便利だったんでしょうね。私が小学校に通っていた頃だから、昭和20年代末ぐらいまで使われていましたよね。でもだんだん交通の便がよくなってきて、馬方の商売も成り立たなくなってきたんです」

 

 そんな話を聞きながら、注文した「陣馬そば」をすすると山々を覆っていた霞がとれて日が差し始めた。茶屋のテラスからは、陣馬街道のある谷の向こうに生藤山(標高990.3m)が見える。蕎麦を食べ終わり茶屋をあとにすると、陣馬山から明王峠、景信山、城山を経由して高尾山へと向かっていく。すると途中で納得する出来事があった。一ノ尾根も同様なのだが、通常の登山道に比べて道幅がとても広くできている。なるほど、かつて荷物を運ぶために馬を歩かせるのに充分な道幅を保っていたのであろう。

 

写真・左上から時計回り/1)景信山にある景信茶屋のベンチに座って景色を眺めていると、ゴール地点の高尾山まで見渡すことができた。2)苔むした切り株にキノコが生える。3)小仏峠で見つけた石碑には、「高尾山」と刻まれていた。4)高尾山の山頂を経て、ケーブルカー山頂駅に到着した僕たちは「高尾山ビアマウント」へと向かった。5)歴史のある神社などが建てられている高尾山の山頂。6)心地よい夜風とともに、生ビールで乾杯。帰路はケーブルカーを使って下山しよう。

 

 

陣馬山同様に明王峠、景信山、城山にも茶屋があり、今も、昔も週末になると多くの旅人や登山客で賑わってきた。表通りの甲州街道の難所であった小仏峠にも、かつての茶屋跡が残されており、その脇には明治天皇が山梨巡幸時に峠を越したことを記念した「明治天皇巡幸碑」、三条実美の歌碑「三条実美歌碑」のほか、古くから峠道を利用されていたことがわかる地蔵や石祠などが散在している。

 

城山を越えると登山道は、さらに整備が進む。登山道というよりも散策路といったほうがよいくらいである。いよいよ高尾山に近づいてきた。高尾山も古くから登られてきた山であり、江戸時代の庶民にとって手の届かぬ富士山詣でのかわりに親しまれていたそうだ。

 

絹や炭などを運んだ人たちにとっては高尾山を越えれば、目的地の八王子もすぐである。絹や炭を売って小銭を得た男たちは、活気ある街に辿りついた高揚感とともに酒場へと向かい祝杯をかわしたのであろう。飲み明かしたあげく、ほとんど一文無しで地元に帰るものも多かったと聞く。そして彼らは決まって、妻たちに稼ぎを使い果たしてしまったことを知られてこっぴどく叱られるのである。

 

現代の僕たちにとっては、高尾山の山頂にある「高尾山ビアマウント」が旅の疲れを癒すオアシスとなってくれる(例年は7月中旬から10月までの営業。2021年は緊急事態宣言の期間は、酒類の提供、ならびに飲み放題、食べ放題を休止)。夜風と生ビールで体を解放したあとは、高尾山口駅への帰り道はケーブルカーを利用して下山することができる。山歩きを終えたあとに、このような酒場が待ち受けているなんてなんという贅沢だろう。ビアマウントのある広場から見る八王子の夜景も素晴らしい。注意をしたいのは、ここで稼ぎのすべてをビールに費やしてしまったり、高尾山口駅までのあいだに足を踏み外すほど酔っぱらってしまわないように帰路についていただきたいということであろう。

 

文◎村石太郎 Text by Taro Muraishi

撮影◎松本茜 Photographs by Akane Matsumoto

取材日/2020年10月14日

 

【次回告知】

第二回目となる「The Classic Route Hiking」は10月27日(水)の更新予定です。山梨県の道志村から神奈川県の箒沢集落へ、花嫁たちが越えた峠道を辿ります。

 

 

ACCESS & OUT 出発点の和田バス停までは、JR中央本線の藤野駅前からの路線バス(神奈川中央交通)で向かう。舗装路を避けて歩きたいときは、途中の上沢井バス停で下車後に一ノ尾根まわりで高尾山に向かうといいだろう。高尾山展望台からの帰り道は、ケーブルカー(高尾登山電鉄)や徒歩で京王線高尾駅へと向かうが、高尾ビアマウントでの飲酒後はケーブルカーでの下山をすすめる。

 

「The Classic Route Hiking」では、独自に各ルートの難易度を表示しています。もっとも難易度が高い★★★ルート(3星)は、所要時間が8時間以上のロングルートとなります。もっとも難易度が低いのは★☆☆ルート(1星)となり、所要時間は3〜4時間、より高低差が少なめの行程です。